★=当選者を出した政党
☆=当選者を出せなかった政党

◆候補者を擁立した政党 *実績(公)による

★001. 弥生倶楽部(弥) (当90候90)
本来の弥生倶楽部は選挙前から引き続き自由党系議員が所属した院内会派
自由党系候補には他に「自由党」があるが区別が不明
弥倶の候補は全員が当選しているのに対し、自由の候補はほとんどが落選している
次回総選挙では「立憲自由党」として分類されている

★002. 中央交渉部(中交) (当83候94)
別名=中央交渉会
本来の中央交渉会は選挙後に吏党系議員が結成した院内会派
しかし西郷従道らが国民協会を結成すると大半がこれに参加し求心力を失った
国民協会に参加しなかった議員も井上組(井角組)や実業団体を結成し独自に活動
当初は各団体ともに中交を脱退せず両属状態にあったが、次第に分裂が進み第4議会後に消滅した

★003. 議員集会所(議集) (当37候38)
本来の議員集会所は選挙前から引き続き改進党系議員が所属した院内会派
改進党系候補には他に「改進党」があるが区別が不明
議集の候補はほとんど当選しているのに対し、改進の候補は全員が落選している
次回総選挙では「立憲改進党」として分類されている

★004. 独立倶楽部(独) (当32候34)
選挙前に存在した同名会派の一部が無所属議員を加え新たに結成した中立系の院内会派
第3議会で選挙干渉に関する上奏案に対する意見が分かれ解散した
所属議員は同盟倶楽部・東洋自由党・有楽組などへと分散した

★005. 近畿倶楽部(近) (当12候12)
前回も存在した近畿の吏党系ローカル政党
実際の結成は1992年なので、2月の総選挙時にはまだ存在していなかったと思われる
当選者の多くは中央交渉部に所属した

★006. 自由党(自) (当4候183)
前回も存在した自由党系候補の政党
ほとんどの自由党系当選者は「弥生倶楽部」に分類されており区別が不明
弥倶の候補は全員が当選しているのに対し、自由の候補はほとんどが落選している

☆007. 改進党(改) (当0候69)
前回も存在した改進党系候補の政党
ほとんどの改進党系当選者は「議員集会所」に分類されており区別が不明
議集の候補はほとんど当選しているのに対し、改進の候補は全員が落選している

★008. 国民自由党(国) (当3候24)
前回も存在した国権派政党、ただし前回選挙時にはまだ結成されていなかった
第1回選挙後に自由党の内紛により山際七司らが離党して結成されたが、まもなく解散
この選挙時には既に存在しなかった

☆009. 大成会(大成) (当0候5)
前回も存在した吏党系院内会派、ただし前回選挙時にはまだ結成されていなかった
第1回選挙後に吏党系/中立系議員で結成された院内会派
衆議院解散と共に解散したため、この選挙時には既に存在しなかった
吏党系議員はこの選挙後に中央交渉部を結成した

☆010. 大同倶楽部(大同) (当0候3)
前回も存在した自由党政社派系政党、第1回総選挙後に立憲自由党の結成に参加
この選挙時には既に存在しなかった

☆011. 保守党(保守) (当0候2)
前回も存在した保守派政党
鳥尾小弥太ら政府の欧化主義に反対する非政党派が結成したが、第1回総選挙前には既に消滅していた

☆012. 実業同志倶楽部(実、実業) (当0候2)
前回も存在した実業派政党
実際の結成は第4回総選挙後の1897年のため、この選挙時にはまだ存在しなかった

☆013. 本 (当0候1)
不詳
唯一の候補である山口半七(大分)が後に幹部となった憲政本党を指すか?

☆014. 国権恢復(国権回復) (当0候1)
欧米との不平等条約撤廃を要求する一派で、特定の政党ではないと思われる

☆015. 羽陽正義会(羽陽) (当0候1)
山形の改進党系
別資料では第1回総選挙で山形01で当選した宮城浩蔵(M)や佐藤里治(自倶)もこの政党に所属

☆016. 自由倶楽部(自倶) (当0候1)
前回は同名政党が自由党系諸派の合算として扱われていた
今回も第1回総選挙後に自由党から分裂し衆議院解散後に解党した同名政党とは異なると思われる
唯一の候補である富永隼太(長崎01)は自由党系だが自倶には参加せず弥倶所属のまま衆議院解散となっている

☆017. 自治党(自治) (当0候1)
前回も存在した井上馨が起こした新党運動
正式な結党に至らず、第1回総選挙前には既に消滅していた

☆018. 国民政社 (当0候1)
国民協会の政社組織のことか?
国民協会の一部は1892年に政社として国民政社を結成
衆議院解散直後、国民協会自身が政社となったため国民政社は解散した

☆019. 求友会(求友) (当0候1)
新潟の民党系非政社組織(1888)
1890年に政社化したが、内紛により自由党系が分裂して北辰自由党を結成
1894年に再び統一され頸城自由党へと発展した

☆020. 同盟倶楽部(同盟) (当0候1)
民党系
選挙後に結成された院内会派
吏党派議員の一部が藩閥政府を批判して結成し民党の立場を採った
衆議院解散後に政社認定を受け同盟政社へと発展した

☆021. 農民団体協議会(農協) (当0候1)
不詳
唯一の候補である穐山忠夫(広島)は前後の選挙で改進党系政党から出馬している


◆当選者を出した政党 *百年史による ★501. 自由党 (当96) "001""006"を参照 ★502. 立憲改進党 (当38) "003""007"を参照 ★503. 熊本国権党 (当7) 吏党系 1889年に古荘嘉門や佐々友房ら国権主義者が結成した熊本のローカル政党 当選者は中央交渉部に所属し、後に国民協会に参加している ローカル政党として長く存続したと思われるが不詳 ★504. 奥羽同志会 (当4) 不詳 当選者の顔ぶれを見るに民党系と思われる