紙面の該当部分をテキスト化したもの
1950/09/27東京版3面
1950/09/30東京版1面/2面

[雑多なデータ&分析]
朝日新聞が当時逃亡中の伊藤律との会見に成功したとする記事 直後に捏造だと判明したため、現在の朝日新聞縮刷版ではこの記事の部分が全面白紙になっている 大阪版は未確認だが、大阪発の記事なので大阪版が先行報道したと思われる 送りがなが現代の標準と異なる部分が多いが原文のまま 読み難い面があるが改行は紙面に従った 旧字体は新字体に改めた 文字が判別できない場合は"*"で表記した 他にもかすれて判読し難い文字があるが、適当に判断した場合がある
宝塚山中に伊藤律氏 *大文字タイトル 本社記者 が会見 無精ヒゲ、鋭い眼光 *大文字サブタイトル ”潜入の目的は言えぬ” 【神戸発】日共幹部の追放以来三ケ月余、捜査当局必死の努力にもかゝわらず徳田氏ら九名の行方はわからぬま ゝになっているが、本社の一記者はその情報入手先の一つから ┌──────────────────┐ 二十五日深更「伊藤律氏が確かに阪神間にいる」との知らせを │ │ 受けた。この種の情報は今までにもたくさんあり、大部分が単 │ │ なる情報に終っているので、記者は半信半疑で出かけたのであ │ この部分に伊藤律の写真と名前 │ ったが、意外にもこの情報は真実で、二十六日午前三時半宝塚の │ (伊藤律氏) │ 山奥で伊藤律氏と会見する結果となった。もちろん捜査当局と │ │ 連絡することも出来なかったわけだが…以下はその会見記── └──────────────────┘ 二十六日午前一時すぎ、記者は阪 ┌───────────────┐ 神国道から宝塚への曲り角で待っ │ │ ていた案内役の某氏を自動車に同 │ │ 乗させて宝塚に向い、午前二時少 │ │ し前、宝塚南口に到着、こゝで二 │ │ 人は下車、一言も口をきかず福知 │ │ 山線宝塚駅まで歩いた。さらに │ │ 二百㍍ほど歩いた所で待たされ、 │ │ タオルで目隠しされた。しばらく │ │ すると後方から自動車が来て停っ │ │ た。ドアがあいて中から「どう │ │ ぞ」という中年男の声がしたと思 │ │ │ この部分に周辺地図 │ うと、手をとって車内に引入れら │ │ れた。両手はしっかりと二人にに │ │ ぎられている。方角と場所を知り │ │ たいと思ったが、記者の質問には │ │ だれも答えない。車は石ころの多 │ │ い山道を約二十分登って停車、 │ │ 下車した。「まだか?」「もう少 │ │ し」……二人に手をひかれて街道 │ │ から左の山へ登る。 │ │  十五、六分登ったころ、「もう │ │  タオルをとってもいゝ」という │ │  ので目かくしをとった。一帯は └───────────────┘  全くの山中、茂った松林に月光  が流れる。石に腰を下して待っ  ていると、下から人の登ってく  る気配がして、「御苦労」とは  っきり東京弁が聞え、記者の横  を通って三尺ほど離れて腰を下  し、向い合った。 「伊藤さんです」と某氏が紹介し た。月明りはその男の顔をまとも に照している。無精ヒゲをはやし ほおは疲れて落ち込んでいるが 眼光は鋭い。これという特徴はな いが幾分四角の顔つき、確かに伊 藤律氏だ。自国は午前三時半であ る。記者が「煙草を」と差出した が「いや、やめている」と断わら れた。記者が一本口にくわえてマ ッチをすりかけると「火をつける のはやめてくれ」と止められた。 一問一答に入る。 問 党員と二人か? 答 そうだ。 問 他の人はどこに? 答 いえない。 問 追放後の行動は? 答 そんなことはどうでもよい。 問 関西に来たのはいつか? 答 九月少し前だ。 問 神戸へはいつごろ? 答 一週間ほど前だ。朝日に出て  いた。 問 目的は? 答 いえぬ。 問 徳田氏は中国に飛んだとのウ  ワサがあるが…… 答 ぼくにはわからぬ。 問 追放幹部は? 答 どうしているかいえぬ。 問 今日これからの行動は? 答 もうこゝにはいないよ。 問 家族のことは気にならぬか? 答 気になっても仕方がないが元  気でいることを知らせてやって  ほしい。 約束の時間、三分が来た・記者は もう一度目隠しされて下山、車で 途中まで送られ、ある曲り角で降 された。そのまゝ車は三田方面へ 姿を消した。(長岡記者)
つかめぬ真意 *中文字タイトル 伊藤氏と会うまで *サブタイトル 【大阪発】なぜ伊藤律氏が記者に 会ったか? この疑問に対する会 見までの経緯は次の通り。  「伊藤律氏来神」の警察情報を  得た記者は、去る二十二日かね  てから耳にしていた伊藤氏と親  しい某氏のアジトを訪ね、伊藤  氏が来神したか否かを問い質し  たところ、同氏はついにいなず  いた。 翌二十三日再び同氏を訪ね「伊藤 氏にぜひ会わせてほしい」と交渉 その日は断わられたが、翌二十四 日にも訪れてねばり強く交渉した ところ、  「密かに会う労をとる。伊藤氏  はぼくのことなら通してくれる  点があるから…」 ということになった。二十五日夜 同氏から再三、落ち合い先の通知 やその変更通知があり、最後に宝 塚南口と決った。伊藤氏が何故会 ったか──その真意は記者にもい まだにつかめない。(長岡記者)
資金の提供先 *中文字タイトル 陰の人 某氏 【大阪発】伊藤律氏と長岡記者と の会見を仲介した某氏は同記者に 「自分も今度はいつ君と会えるか わからない」との言葉を残して伊 藤氏とともに消え去ったが、この 某氏と伊藤氏との関係は、某氏自 身がもらしたところによると-終 戦直後南京にいたころ、伊藤氏の 身近にいて、その後運動資金の提 供者的立場にあったらしく、兵庫 県第一区で共産党候補が立候補し たとき伊藤氏が応援演説に来神し た際も、東京から伊藤氏に同行し たという。
当局、伊藤氏を追う *大文字タイトル 【大阪発】「伊藤律氏現わる」の報に、国警兵庫県本部では関係各府県国警本部へ「会見記」の 内容を通報して捜査方を緊急手配するとともに、県内の関係自治体警察では二十六日朝から緊 張、宝塚の山奥から三田方面へ姿を消した伊藤氏の足どり追及に努めている。など同本部警備課 徳*警部、神戸市警坂本警備課長らは朝日新聞神戸支局を訪れ、長岡記者の話を聞いた。
八月半ば関西へ *大文字タイトル 伊藤氏足どり *中文字サブタイトル 【大阪発】国警兵庫県本部と神戸 市警に入った情報その他を総合す ると、二十五日未明までの伊藤律 氏の足どりは次のように推測され る。  伊藤氏らは去る八月半ばごろ、  志田重男氏とともに但馬路から  兵庫県川辺郡西谷村に潜入し、  同村を中心に神戸、尼崎、姫路  方面などで党資金カンパ**に  動いていたものらしく、既報の  通り去る十九日には神戸市生田  区三宮町の某アジトに立寄り党  資金として某氏から三万円を現  金で受け取っている。 なお志田氏は九月初旬海路四国へ 渡ったとの情報もあって、その後 の消息は不明とされているが、一 部党員の間には、今なお兵庫県下 に潜伏しているという説もある。  伊藤氏は二十六日未明朝日新聞  記者との会見後は三田方面へ向  ったので、あるいは山陰方面に  飛んだのではないかともみられ  ている。 *文中の「*」は判読できなかった文字
直接記者に確かめたい *中文字タイトル 特審局監査部長談 法務府特審局高橋監査部長は語 る。  数日前から、兵庫県の一警官が  伊藤に会ったとかいう種類の情  報が多かった。朝日の記者自身  から会見のいきさつを聞き、正  真正銘の伊藤だったかどうかな  どについて調査したい。
*解説 朝日新聞社の長岡宏記者によるスクープとして掲載されたが、捜査当局への説明が矛盾だらけだったため捏造が発覚 本人も捏造を認め、朝日新聞は3日後の09/30付紙面に謝罪文を掲載した 長岡は勅令311号違反で逮捕され、執行猶予付きで有罪判決を受けた *勅令311号=聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令 詳細は、wikipediaの当該項目などを参照
*続報
@1950/09/301面 社告 伊藤律氏会見記取り消し *中文字タイトル 九月二十七日付第三面所報、伊藤律 氏との会見記は、その後本社で調査 の結果、本社神戸支局員、長岡記者 のねつ造記事と判明しました。こゝ に全文を取消して陳謝いたします。 朝日新聞社 *中文字
@1950/09/302面 長岡記者逮捕 *中文字タイトル 【神戸発】去る二十七日付本紙朝 夕刊に日共追放幹部伊藤律氏との 会見記を執筆した朝日新聞神戸支 局員長岡宏記者に対し、同記事の 内容に疑問を抱いた神戸市警では 二十九日朝神戸地裁に逮捕状を請 求、同日午後二時ごろ吹田市の自 宅で同市警警備課員が勅令第三百 十一号違反容疑で逮捕、身柄を神 戸葺合署に留置取調べを始めた。  なお本社では二十九日右長岡宏  記者に対し退社を命じた。