にほん(?)きょうどうとう
(協同)
1946/09/27~1947/02/20

[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)] [協同党系諸党]
★概要 1946年に北勝太郎らが協同民主党を離党して結成した協同組合主義政党。 1945年結成の同名政党とは別の政党。 北は日本協同党(1945)結成時の議員で、結成直後にほとんどの協同党議員が公職追放された結果、1946総選挙で党公認で当選した唯一の前職議員となり、選挙後には党副委員長に就任した。 選挙後に協同党は諸派無所属を糾合して協同民主党に発展し、北は引き続き党副委員長となったが、山本委員長らの拡大路線と協同主義の軽視を批判。夏に協同党と新政会との合同が決議されると、これを否定するために党副委員長の資格で党大会を召集したが、わずか3名しか集まらず流会となり、まもなく弟の政清と共に協民党を除名された。 このため、北兄弟は日本協同党(1945)の理念を守るとして、元々の党名を復活させた「日本協同党」を結成した。 結成には伊藤実雄も参加して国会議員3名を擁したが、北の個人政党的な性格が強く、農民団体がバックに付いた北の地元の北海道以外では大きな支持組織は無かった。 1947総選挙を前に他の農民系議員と合流し、日本農民党へと発展した。
★国会議員 ◇衆議院議員 北 勝太郎 北海01 北 政清 北海01 伊藤 実雄 広島全 *院内会派としては、全員が無所属倶楽部に所属した