れんごうのかい
(連合)
1989/06/09~1993/06/28改称 *後身は民主改革連合

[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
★概要 1989参院選を前に、非自民非共産統一候補の選挙母体として結成された革新政党。 政党としての実体は無く、選挙活動は候補者を支援した連合や諸政党によって、議員活動は選挙後に結成された参議院会派の連合参議院所属議員として行われた。 当時、自民党は衆参で圧倒的な勢力を持っていたが、消費税導入やリクルート事件などで支持が暴落していた。 一方で労働戦線の再編で、総評の民間労組と同盟らが合同して全民労連(連合)が結成されており、1989秋には総評の官公労組も合流することも内定していた。連合の結成には共産系が反対していたため、連合は社会・民社両党に公明・社民連を加えた非自民非共産連合を主導し、1989参院選での4党統一候補の擁立を目指した。当初は統一候補を無所属で出馬させる予定だったが、候補者が10名を超えたことから、確認団体として選挙活動を行うために政党「連合の会」を結成した。 1989参院選では12名を擁立して11名が当選。社会党が推薦しなかった1名以外は全勝だった。 当選者の中には社会系/民社系が混在していたが、10人以上なら院内交渉団体を作れることや、社会・民社の架け橋としたい連合の強い意向もあって、当選者は一致結束して参議院で独立会派の「連合参議院」を結成した。 以後の議員活動は連合参議院所属議員として行われたため、連合の会は休眠状態となった。 1990総選挙でも連合の会方式での統一候補擁立が考慮されたが、当時の中選挙区制では統一候補の必然性が無かったため実現できなかった。また、社会党の衆参選挙での一人勝ちと左傾化に反発した公明・民社両党が野党共闘に慎重になったことから、野党連合は次第に困難になり、1992参院選では連合方式は採られないことが内定した。 しかし1992年前半に行われた2つの参議院補選で連合の会公認候補が連勝したことから連合方式が見直され、1992参院選では連合の影響力の下で前回を大きく上回る22候補を擁立した。だが既に野党の結束は崩壊しており、公明は自主投票で社会・民社の協力も形だけとなった結果、全員が落選。 選挙後には、民社党籍を残しながら連合参議院に参加していた吉田之久が民社会派に復帰。また連合型ながら無所属で出馬して当選した森田健作も連合参議院への参加を拒否している。 以前から労組が政党を所有することに対し内外から批判があったため、議員政党への衣替えを前提に、参院選前には連合参議院の星川保松代表が連合の会の代表に就任していたが、参院選の惨敗で連合からの独立を急いだ。 選挙後に連合参議院は会派名の変更を内定し、1993年通常国会を前に民主改革連合へと会派名を変更。1993夏には政治団体の名称も民主改革連合へと変更し、議員政党として参議院会派と完全に一体化した。
★役員 1989/06/09: 代表:豊田稔(情報通信労連)、最高顧問:竪山利文(連合議長) 1992/01/--: 代表:星川保松(連合参議院代表) 1992/06/--: 代表世話人:稲葉秀三(社会経済国民会議議長)・星川保松(連合参議院代表・政治団体としての代表者) *当初は連合主導の結成のため連合幹部が役員となった 1992年に議員政党化を目指して連合参議院代表を党代表としたが、参院選での選挙運動のために連合側の代表者として稲葉が共同の代表世話人となった
★年表 1989/06/09: 「連合の会」結党 1989/07/23: 参院選で連合の会が11名当選 1989/08/01: 参議院会派「連合参議院」結成、非改選の山田耕三郎も参加 1992/02/09: 参議院奈良補選に勝利 1992/03/08: 参議院宮城補選に勝利 1993/01/20: 参議院会派「連合参議院」が会派名を「民主改革連合」へと変更 1993/06/28: 政治団体「連合の会」が名称を「民主改革連合」へと変更
★選挙歴 1989参: 11/12: 3878783.000 (6.82%) # *全て選挙区 1992参: 0/22: 4399684.404 (9.69%) # *全て選挙区 1992/02/09: 参議院奈良補選=当選 1992/03/08: 参議院宮城補選=当選
★候補者 *政党支援は1989/補選/1992のもの 政党支援 1989参 92参補 1992参 1995参 社公民連 出身 星川 保松 ○山形 → → # ×山形・社会 # ○×○○ # 社会系(自治労) 粟森 喬 ○石川 → → # ×石川・民改連 # ○△○○ # 社会系(全電通) 古川 太三郎 ○福井 → → # ×福井・民改連 # ○×○○ # 社会系(自治労) 磯村 修 ○山梨 → → # ×山梨・民改連 # ○×○○ # 社会系(日放労) 高井 和伸 ○岐阜 → → # - # ○○○○ # 社会系(全逓)、93辞職→93総選挙(日本新)× 井上 哲夫 ○三重 → → # ×三重・民改連 # ○○○○ # 社会系 中村 鋭一 ○滋賀 → → # - # ○○○○ # 民社系、94離党→新進 笹野 貞子 ○京都 → → # ○京都・民改連 # ○○○○ # 社会系 新坂 一雄 ○奈良 *死去 - # - # ○△○○ # 社会系(日放労)、1991/12/28死去 高原 勝哉 ×岡山 - - # - # ×○○○ # 民社系、社会は対立候補を擁立 乾 晴美 ○徳島 → → # ×徳島・民改連 # ○×○○ # 社会系 池田 治 ○愛媛 → → # ×愛媛・民改連 # ○○○○ # 民社系 吉田 之久 - ○奈良 - # - # ○×○○ # 民社系、1992参院選後に民社復帰 萩野 浩基 - ○宮城 - # ×宮城・民改連 # ○×○○ # 民社系 熊谷 隆司 - - ×岩手 # - # ○×○○ # 瀬戸 勝枝 - - ×宮城 # - # ○×○○ # 社会系 畠山 樹之 - - ×秋田 # - # ○×○○ # 斉藤 昌助 - - ×山形 # - # ○×○○ # 社会系 渋谷家 寿一 - - ×福島 # - # ○×○○ # 社会系 国井 正幸 - - ×栃木 # - # ○×○○ # 民社系 茜ケ久保 淑郎 - - ×群馬 # - # ○×○○ # 社会系 永井 博 - - ×富山 # - # ○××○ # 社会系、原発反対派のため民社は不支持 宮本 一二 - - ×石川 # - # ○×○○ # 民社系 龍田 清成 - - ×福井 # - # ○×○○ # 社会系 望月 幸明 - - ×山梨 # - # ○×○○ # 民社系 北岡 勝征 - - ×三重 # - # ○×○○ # 社会系(自治労) 松井 佐彦 - - ×滋賀 # - # ○×○○ # 社会系(自治労) 城守 昌二 - - ×京都 # - # ○×○○ # 社会系 西村 真悟 - - ×大阪 # - # ○×○○ # 民社系 田原 恵子 - - ×奈良 # - # ○×○○ # 社会系 帯刀 妙子 - - ×島根 # - # ○×○○ # 社会系 小西 博行 - - ×広島 # - # ××○○ # 民社系、社会の一部は対立候補を擁立 加藤 高明 - - ×徳島 # - # ○×○○ # 社会系 萩 雄二 - - ×長崎 # - # ○×○○ # 民社系 川村 充夫 - - ×熊本 # - # ○×○○ # 社会系 新谷 高己 - - ×大分 # - # ○×○○ # 社会系(情報通信労連) 山田 耕三郎 *1986参でMで当選(滋賀)(社公民連共同推薦)、党結成時に参加、1992改選時に引退 森田 健作 *1992参でMで当選(東京)(社会・民社・社民連・連合共同推薦)、選挙後は民社会派に入会 *党派性は過去の履歴・出身母体・当選後の動向などから独自に判断した