しんじゆうくらぶみんしゅれんごう (自ク連、新自連、新自由クラブ) 1983/04/15~1986/12/15: *政治団体 1983/06/02~1983/09/06: *参議院会派
[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]★概要 1983参院選を前に新自由クラブと社会民主連合が共同で結成した政治団体、及び同時期に結成された参議院会派。 両党は1980衆参W選後に参議院で無所属議員を含めた統一会派「新政クラブ」を結成。1981秋には衆議院でも統一会派「新自由クラブ・民主連合」を結成して協力関係を強化した。 1983参院選では全国区が比例代表区へと変更されることが決まったが、両党共に党勢が低迷していたため、共同で政治団体を結成して参院選比例区に統一候補を擁立することで合意。統一政治団体の名称は、新自クが「社会」の名を外すよう強く要求したため「新自由クラブ民主連合」となり、略称も「新自由クラブ」となった。 しかし統一会派時代の略称は「新自連」が使われており、統一政治団体結成に当たって新自クが、当初は「自ク連」を、次いで「新自由クラブ」をと、自党名を全面に押し出した略称を主張した。社民連執行部はいったんは譲歩して新自クの要求を受け入れたが、その後、内部からの強い反発を受けて新自クと再協議した結果、最終的にこの略称を撤回し、選挙では略称を届け出なかった。 両党の幹部には自ク連を将来的に新党へと発展させたいとする意向があったが、政策や理念の違いから党の合同には批判的な意見も根強く、また政治団体の主要役員を全て新自クが取るなど、新自ク主導の体制には社民連の市民派を中心に強い批判があった。 参院選では、比例名簿1~2位に、前回全国区トップ当選の田英夫(社民連代表)と自民を離党したばかりの大石武一(元環境庁長官)を並べたが、田しか当選できなかったため、選挙後には両党内から不満が爆発。共闘体制は崩壊した。 衆参両院で結成していた統一会派も消滅したが、議員数が少ない参議院では「新政クラブ」の名称に戻して統一会派を継続している。 政治団体は、繰上当選の権利を保持するためなのか、その後も新自ク系の役員の下で存続していたが、1986末に解散届が提出されている。 *衆議院での統一会派の名称は政治団体の名称と異なり、両党党名の間に「・」がある「新自由クラブ・民主連合」★役員 正(新自ク) 副(社民連) -------------------------------------------------- 代表: 田川 誠一 幹事長: 山口 敏夫 楢崎 弥之助 選挙対策委員長: 山口 敏夫 阿部 昭吾 政策委員長: 中馬 弘毅 江田 五月 -------------------------------------------------- *幹事長/委員長は新自クが取り、副幹事長/副委員長は社民連が取った *参議院会派の代表者は宇都宮徳馬が務めていた *選挙後に新自クと社民連が協力関係を解消した後も政治団体は暫く存続している この時期の届出上の役員は以下の通り、両者共に新自ク系 代表者: 大西 裕 会計責任者: 小島 弘★選挙歴 1983参院選: 2/10: 1239169 2.66% # 比例区得票、選挙区には1名出馬★候補者 田 英夫 ◎比例 社民連 大石 武一 ×比例 新自ク 水野 晴郎 ×比例 新自ク 石川 達男 ×比例 新自ク 大久保 力 ×比例 新自ク 中沢 啓一 ×比例 新自ク 西風 勲 ×比例 社民連 工藤 良平 ×比例 社民連 長谷川 保 ×比例 社民連 森田 重郎 ◎埼玉 新自ク★年表 1980/07/08: 参議院で新自クと参議院クラブ(社民連ほか)が統一会派「新政クラブ」を結成 1981/09/21: 衆議院で新自クと社民連が統一会派「新自由クラブ・民主連合」を結成 1983/06/02: 参議院で新政クラブが「新自由クラブ民主連合」と改称 1983/07/09: 参議院会派の自ク連が解消 1983/07/11: 参議院会派の自ク連が再結成 1983/09/06: 衆議院での統一会派を解消、参議院会派を新政クラブへと改称 1986/12/15: 政治団体が解散
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