[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
1989~2010にかけての「自由連合」は時期によって名称や実態に大きな違いがある
他の「自由連合」については、別記事を参照
★概要
1994末に結成された保守中道政党。
1994末に非自民非共産の旧連立グループが新進党を結党した際、これに不参加の議員を中心として結成された。
保守中道政党を標榜していたが、実質的に政党助成金を得るための寄せ集め政党だった。
結党時には8議員だったが、直後に楢崎が山花新党への参加を表明して離党。また翌1995/01に自民党と統一会派を結成する際、これに反対した石井が統一会派に参加せずに以後は別行動を取ったが党には残留している。
残る6議員は自民党に近い立場を採り、党としても1995統一地方選や1995参院選などで自民系候補を支援した。
1995統一地方選では、徳田の地元の鹿児島県でのみ都道府県議選候補を擁立し、3名中2名が当選している。
1995参院選後には自民枠で徳田が沖縄政務次官に就任。以後は自民党への合流が既定路線となり、1995秋には4議員が自民党に入復党したため、国会議員が3名となり政党要件を喪失した。
この際に徳田と小泉も自民入党を希望していたが認められなかった。
1995末に新たに3議員が参加したことで政党要件を回復。形式的には新党結成の形を採って、新たな「自由連合」を結成した。
役員
代表 総裁 代表幹事
1994/12/21: 石井 紘基 ------------- ------------- #
1995/01/--: 柿沢 弘治 大内 啓伍 栗本 慎一郎 #
*結党時の石井は政治団体届出上の代表
結党時には役員なども未発表で、暫定的に石井を代表として届け出た
当初から大内がリーダーとみられており、まもなく総裁に就任
自民との統一会派結成後は総裁とは別に柿沢が代表となっているが政治団体登録上の代表かどうかは不明
*結党時の会計責任者は徳洲会の能宗克行となっている
年表
1994/12/21: 新進党不参加議員など8議員が「自由連合」結成
1994/12/26: 楢崎が離党
山花新党に参加するため、ただし年末の自治省への届出には含まれていた
1995/01/09: 衆議院会派を結成
楢崎も参加、山花新党結成まで残留予定
1995/01/13: 楢崎が会派離脱
1995/01/20: 衆議院で自民と統一会派結成
1995/03/03: 自民党と次期総選挙での選挙協力で合意
1995/10/12: 石井が衆議院会派「民主の会」に入会
1995/11/14: 大内・柿沢・佐藤・栗本が自民党に入復党、政党要件を喪失
1995/12/25: 参議院議員3名が加わり新たな「自由連合」を結成
★衆議院院内会派
衆
1995/01/09: 8 : 衆議院会派「自由連合」を結成
1995/01/13: 7 : 楢崎が離脱 山花新党に参加予定
1995/01/19: : 自民と統一会派「自由民主党・自由連合」結成
石井は参加せずに無所属となる
1995/10/12: : 石井が会派「民主の会」に入会、党籍は自由連合のまま
1996/01/16: : 民主の会の解散により石井が無所属となる
1996/01/19: ** : 統一会派を解消、新たな「自由連合」会派を結成
石井は離党して新党さきがけに移籍したため参加せず
★国会議員
1993総選挙 元党派 結成時 移動
佐藤 静雄 衆 北海01 自民 - 自由 1995/11/13自民復党
大内 啓伍 衆 東京02 民社 - - 1995/11/13自民入党
石井 紘基 衆 東京03 日本 社民連 民新ク →自由連合→結成直後にさきがけ入党
栗本 慎一郎 衆 東京03 新生 - - 1995/11/13自民入党
柿沢 弘治 衆 東京06 自民 - 自由 1995/11/13自民復党
小泉 晨一 衆 神奈05 日本 - - →自由連合
楢崎 弥之助 衆 福岡01 社民連 社会 M 1994/12/26離党=山花新党に参加予定
徳田 虎雄 衆 鹿児01 M - 自連 →自由連合
*資料によっては遠藤利明と茂木敏充を所属議員としているが、両者は自民と自由連合の統一会派結成と同時に会派入会しているものの、自由連合には参加していなかったと思われるため除外した
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