しんとうみらい
(みらい)
1994/04/18~1994/12/10

[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
★概要 1994年に自民党を離党した議員が結成した保守政党。 非自民政権の細川護煕首相の辞意表明後、連立与党の一部は次期首相候補として自民の渡辺美智雄を擁立することで自民の再分裂を図った。最終的に渡辺はこれを断ったが、この過程で鹿野道彦ら5名が自民党を離党して、新党みらいを結成した。 自民・非自民のいずれにも属さない第三勢力結集の呼び水を目指すとしていたが、実際にはすぐさま非自民連立グループと接触し、政策で合意できれば連立政権に参加する意向を示した。 細川内閣の政治改革法案に反対した議員がいたことで連立グループ内からの反発があり、最終的には連立グループへの参加は見送られたが、首班指名選挙では要請を受けて羽田孜に投票している。 首班指名選挙直後に社会党が連立を離脱したため存在感を増し、羽田首相が鹿野代表に入閣を打診したが、これを受けずに閣外協力の立場を採った。同時期に結成された連立グループの統一会派結成にも参加を呼び掛けられていたが、党内に新生党支配への懸念があったことから参加を見送っている。その一方で、さきがけや日本新党離党組などの中間勢力からも統一会派や政策協議を求められたが断っている。 羽田内閣総辞職後も連立グループの側に立ち、首班指名選挙では海部俊樹に投票したが、自社さ連立政権の誕生により野党に転落した。 その後は旧連立グループの正式なメンバーとなり、代表者会議などへの出席が許された。小勢力だったため、非新生党系の自民離党諸派と「自由改革連合」を結成したが、政党はそのまま存続している。 1994末に旧連立グループ各党と正式に合併文書を交わし、新進党へと発展して解党した。
★国会議員 新進党解党時 鹿野 道彦 *代表 国民の声 北川 正恭 *幹事長 *1995辞職 佐藤 敬夫 国民の声 増子 輝彦 *1996落選 坂本 剛二 無所属
★会派 *衆議院のみ 1994/04/18: 5: 会派結成 1994/09/28: --: 旧連立グループの統一会派「改革」の結成に参加、全員が参加 1994/12/15: --: 「改革」が会派名を「新進党」へと変更、全員が参加