◆候補者を擁立した政党 *実績(公)による
★001. 立憲自由党(自) (当104候257)
前回も存在
正確には1891年に自由党に党名を変更している
次回総選挙時にも存続
★002. 立憲改進党(改) (当45候107)
前回も存在
1896年に立憲革新党らと合同して進歩党に発展した
★003. 立憲革新党(革) (当41候71)
前回も存在
1896年に立憲改進党らと合同して進歩党に発展した
★004. 国民協会(国) (当30候64)
前回も存在
次回総選挙時にも存続
★005. 大手倶楽部(大手) (当24候24)
選挙後に旧大日本協会派などの対外硬派が合同して結成
1896年に立憲改進党らと合同して進歩党に発展した
★006. 中国進歩党(中進) (当4候5)
前回も存在
1896年に立憲改進党らと合同して進歩党に発展した
★007. 財政革新党(財革) (当3候3)
前回も存在
資料によっては「財政革進党」「帝国財政革新会」
1894/03に帝国財政の改革を訴え結成、主に都市部で支持を得た
1896年に立憲改進党らと合同して進歩党に発展した
☆008. 羽陽正義会(羽陽) (当0候1)
前回も存在
山形の改進党系
☆009. 山下倶楽部(山下) (当0候1)
次回総選挙後に非政党系実業派議員が結成した院内会派で、この選挙時には存在しなかった
唯一の候補者である時岡又左衛門(福井)は前回は自由で当選したが、今回は落選、次回は当選し山下倶に参加
☆010. 自治党(自治) (当0候2)
前回も存在
候補者2名共に山口
☆011. 進 (当0候1)
不詳、進歩党のことか?
唯一の候補の椎野伝治郎(徳島)は第2回総選挙で当選、溜池倶楽部に所属し会派解散後は無所属
☆012. 対外硬 (当0候1)
前回も存在
対外交強硬派のことで特定の政党指すものではないと思われる
唯一の候補は野口平太郎(茨城)
☆013. 中立倶楽部(中立) (当0候1)
前回総選挙後に中立系議員が結成した院内会派
唯一の候補は脇栄太郎(広島)で前回当選しているが中立倶には所属せず、今回は落選、次回は当選し無所属
脇と中立倶楽部の関係が不明のため、誤りかもしれない
☆014. 同盟倶楽部(同盟) (当0候1)
前回も存在
前回選挙直前まで存在したが同盟政社と改称し、選挙後に立憲革新党へ発展
この選挙時には既に存在しなかった
唯一の候補の川島宇一郎(滋賀)はこの当時の在籍者
☆015. 保守党(保守) (当0候1)
前回も存在
唯一の候補者は若原観瑞(鳥取)で、第2回に当選し独立倶に所属、前回は国民協会・次回は進歩党で落選
保守党との接点は不明だが、若原は保守派だったので何らかの関わりがあったのかもしれない
☆016. 本 (当0候1)
不詳、憲政本党のことか?
唯一の候補の竹内清一(兵庫)は当選歴は無いが改進党系で、後に憲政本党にも参加
◆当選者を出した政党 *百年史による
★501. 自由党 (当107)
"001"を参照
★502. 立憲改進党 (当49)
"002"を参照
★503. 立憲革新党 (当39)
"003"を参照
★504. 国民協会 (当32)
"004"を参照
★505. 帝国財政革新会 (当5)
"007"を参照
★506. 中国進歩党 (当4)
"006"を参照
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